6 配水場(はいすいじょう)

更新日:2023年08月04日

村野(むらの)浄水場(じょうすいじょう)でできあがった水道(すいどう)水(すい)はポンプで堺市(さかいし)まで送(おく)られてきます。そして、堺(さかい)市内(しない)の各配水場(かくはいすいじょう)から、みんなの家(いえ)や工場(こうじょう)に送(おく)られます。配水場(はいすいじょう)では、みんなが蛇口(じゃぐち)をひねったとき)に同(おな)じ水圧(すいあつ)になるように調整(ちょうせい)する役割(やくわり)もあります。

浅香山配水場(あさかやまはいすいじょう)

緑の大きなタンクが2つ並んでおり、タンクとタンクの間にエレベーターや通路が建っている写真

堺市(さかいし)堺区(さかいく)

 

明治(めいじ)43年(ねん)(1910年(ねん))の通水(つうすい)以来(いらい)、大和(やまと)川(がわ)から取水(しゅすい)し、浄水(じょうすい)処理(しょり)していました。しかし、大和(やまと)川(がわ)の水質(すいしつ)が悪化(あっか)したため、昭和(しょうわ)53年(ねん)(1978年(ねん))に取水(しゅすい)を止(や)めました。

現在は(げんざい)、配水場(はいすいじょう)として水道(すいどう)水(すい)を家庭(かてい)や工場(こうじょう)に送(おく)っています。

 

配水(はいすい)池(ち)容量(ようりょう)24,000立方(りっぽう)メートル


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家原寺配水場(えばらじはいすいじょう)

満開の桜とグレーの2階建ての建物を斜め前から撮った写真

堺市西区(さかいしにしく)

 

 昭和(しょうわ)28年(ねん)(1953年(ねん))に稼働(かどう)。

 

配水(はいすい)池(ち)容量(ようりょう)29,000立方(りっぽう)メートル

陶器配水場(とうきはいすいじょう)

壁面に非常階段が設置された2階建ての白い建物の写真

堺市中区(さかいしなかく)

 

 昭和(しょうわ)39年(ねん)(1964年(ねん))に稼働(かどう)。配水場(はいすいじょう)の上部(じょうぶ)が野球場(やきゅうじょう)とテニスコートになっています。

 

配水(はいすい)池(ち)容量(ようりょう)28,000立方(りっぽう)メートル

晴美台配水場(はるみだいはいすいじょう)

敷地内に植樹された多くの木や白い建物をフェンスの外から撮った写真

堺市南区(さかいしみなみく)

 

 昭和(しょうわ)63年(ねん)(1988年(ねん))に稼働(かどう)。

 

配水(はいすい)池(ち)容量(ようりょう)50,700立方(りっぽう)メートル

岩室配水場(いわむろはいすいじょう)

壁は白く、屋上部分は緑色の建物が、広い芝生の隣に建っている写真

堺市南区(さかいしみなみく)

 

 昭和(しょうわ)41年(ねん)(1966年(ねん))に稼働(かどう)。地盤(じばん)高(だか)115メートル地点(ちてん)にあり、配水場(はいすいじょう)としては堺市(さかいし)で一番(いちばん)高(たか)いところにあります。

 

配水池容量10,500立方メートル

小平尾配水場(こびらおはいすいじょう)

道路沿いに建てられた薄茶色の建物を斜め前から撮った外観写真

堺市(さかいし)美原区(みはらく)

 

 堺(さかい)市内(しない)で一(いち)番(ばん)新(あたら)しい配(はい)水(すい)場(じょう)で、美原(みはら)中学校(ちゅうがっこう)のグラウンドの地下(ちか)に配水(はいすい)池(ち)があります。平成(へいせい)2年(ねん)(1990年(ねん))に稼働。

 

配水(はいすい)池(ち)容量(ようりょう)5,000立方(りっぽう)メートル

桃山台配水場(ももやまだいはいすいじょう)

広く作られた土の敷地の隣にグレーの2階建ての建物が建っている様子を上空から撮った写真

堺市南区(さかいしみなみく)

 

 昭和(しょうわ)50年(ねん)(1975年(ねん))に稼働(かどう)。西原(にしはら)公園(こうえん)の地下(ちか)につくられています。なお、配水(はいすい)場内(じょうない)に小水力(しょうすいりょく)発電(はつでん)施設(しせつ)があります。

 

配水(はいすい)池(ち)容量(ようりょう)68,500立方(りっぽう)メートル

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